美しいフェースに心惹かれる

瓢ヶ岳の上流にあるジルコン(四段)。初めて触れたのは2021年の冬、不知火(三段)を登った後に足を運びました。噂通りのキレイなフェースとライン取りに一目で心が惹かれました。そこから完登までの12日間、期間にして1年と四ヶ月、その過程をここに綴っています。少し長くなりますが最後まで読んでいただけたら幸いです。

指皮のコンディショニングに苦しむ日々

瓢では比較的新しいラインとして知られているジルコン。木々の間から日が差し込む程度の木陰で、ランディングもよく居心地がいい。肝心の内容はというと、多彩なムーブとホールディング、リップまでは僕のムーブで12手あり中間部の核心のランジから後半パートがとても繊細な課題。加えてランジの時に右手で保持する5mm程度の薄く鋭いカチによるダメージが大きく、指皮が仕上がっていないとすぐに裂けてしまうのがとにかく難点。登りたい気持ちとは裏腹に裂ける指皮、テーピングを巻いてもすぐにズレてしまい集中できない、一日数トライしか出来ないのがかなりストレスになっていました。核心のランジを成功させてムーブが完成する頃には既に六日が経過していました。

ソロで挑むリスク

ジルコンは4~5m程度の高さですが上部のクラックパートがワルく見た目以上に高さを感じます。幸いにもランディングがよく真っ直ぐ着地できるのはソロで挑む自分にとって有難い環境でした。最高高度を記録したのは八日目。まだ精度の低い核心のランジの一手を成功させてクラックに左手を伸ばす。そのまま体を引き上げようとするも手が悴んでしまい一気に恐怖心が込み上げてきました。「もしすっぽぬけたら...」嫌な想像が膨らんでしまい気付けばマットに着地していました。上部パートの詰めが甘かった、そもそも12月中旬の気温ではもう厳しいのか、ランジさえ止めてしまえばと高を括っていた自分を心の底から悔いました。数日後には雪が降り始めてしまい暫くの間、ジルコンから足が遠のきました。

再現性の難しさ

再び訪れたのは2023年の3月。すっかり雪も溶けて半袖でも平気なぐらい心地良い気候に。その間には三重県の一ノ瀬ボルダーに通ったり、複数件の外部セット、国体選考会があったりと慌ただしい日々を過ごしていました。一段落したところで再度ジルコンと向き合うことに。序盤のニーバーやランジする時の左手の効かせ方など、久々に触れるとやはりどれも繊細。特に核心のランジにいたっては未だ三度しか成功しておらず、感覚を思い出すのに苦しめられる日が二三日続きました。もうランジさえ止められたら必ず登りきれる、そう思える状態にまで上部パートの精度を上げることに時間を費やしました。ここまできたら必ず登れる、自分自身の力を信じてひたすらに跳び続けました。

渾身の一登

2023年4月3日。天気は晴れ。風もほとんどなく申し分ないコンディション。通い慣れたアプローチを進みいつも通りのルーティンをこなしてから岩に取り付き始めました。身体も軽く保持感も好感触、指皮も万全の状態でした。

迎えたこの日三トライ目、スーッと周りの音が遠ざかるような感覚に入りゆっくりと身体をマットから離陸させました。一手ずつ確実に手を進めてランジの体勢に。引手の効かせ方、壁との距離、跳び出すタイミング、何十回と挑み続けたこの一手が再び止まる瞬間がついに訪れました。少し浅めにかかったけれど背中で抑え込みギリギリで堪える。そこからはもう無我夢中で、自分の呼吸音だけが騒がしく聴こえてくるような緊張状態が続きました。洗練された上部パート、なんの迷いもなくただ必死で手を進める。気付けば岩の上に立ち、荒ぶる呼吸を整え、声を上げ、グッと気持ちが込み上げてきて目頭が熱くなっている自分がいました。ようやく繋がった、本当に長かった。膨大な時間を費やしましたがなにもかも無駄ではありませんでした。全てが報れた瞬間、岩の前に呆然と立ち尽くしながらしばらくは余韻に浸っていました。まだこんな気持ちを味わうことが出来るのかと、こんなにもアツい想いを感じさせてくれたこの岩には本当に感謝しかありません。

正直なところ時間がかかり過ぎたと感じています。つくづく自分は不器用だと。登れても安堵感しかないのでは、と思っていましたが登れた瞬間に込み上げてきたものはとてつもない達成感でした。現時点での最高のクライミング。また一つ憧れの岩が登れて感無量です。うまくいかないことが大半を占めるクライミング、「諦めずに挑み続ける」という当たり前のようだけど最も大切なことをジルコン向き合い続けた日々の中で改めて学ぶことが出来ました。 これで心置きなく次の目標へと進めます。さらなる高み「五段」というグレードを目指して、まだまだ強さに対して貪欲でいたいです。このブログが誰かに勇気与えられるものになれば幸いです。